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どんなに下手な短歌でも文章でも発表し続けないとダメな気がするので、毎日ブログを更新するし、初心者の短歌でもとりあえずXに投げる

毎日のようにひたすら文章を更新していたり、なんとなく感じたことを短歌にして作っているが、時々「よくこんな恥ずかしいものを世に出せるな」みたいなことを言われることがある。まぁ大体そういう人は自分のブログを持っていなければ自分で何かのコンテンツを作っていない人なんだけど、ただ馬鹿にされるといい気はしない。

でも、文章も短歌でも上手になったら発表しよう!だったり上手になったら書いてみようみたいなことを考えているといつまで経っても完成しない気がする。とりあえずバットを振ってみる精神で文章を書いてみることが大事だと思っている。

ブログだって、上手だとか下手だとかを考える前にとりあえずはじめてみた。アフィリエイトで一発だけ当てた時もバットを振っていなかったら当たっていなかった。多分短歌もブログもこんな感じで下手な鉄砲でも数を撃つしかない。

というか、最初から上手な文章や短歌を生み出せる人なんか多分1人もいない。1人もいないから書くしかないみたいなところがある。やっていくしかない。

最近穂村弘さんの書いた『はじめての短歌』という本を読んだ。これがまた面白い。570円なのにも関わらず5,500円くらいの価値がある。えっぐい。最近いろいろな短歌の本を読んだが、これは面白い短歌を一般的な書き方にすることによってその短歌の魅力が一気に伝わってくる。これを勧めてくれた松風さんにも感謝したい。良い短歌を逆に悪い短歌にして添削するスタイルがすごい。読めばわかるけど「ああ、確かにこういう日本語になっちゃうな」って納得する。私のような素人でも何がいいのか理解できるから気持ちがいい。

裏表紙の言葉の迫力もすごい。

短歌とビジネス文書の言葉は何が違う?すぐれた短歌は「共感」よりももっと強く人々に「驚異」を与え、心の奥に突き刺さる。住み慣れた世界、語り慣れた言葉の束縛を解き、現代人が忘れた自由な表現を取り戻そう。社会に埋もれた<私>を発見し、言葉に現す方法が楽しく身につく、穂村弘の短歌入門。

はじめての短歌の裏表紙

たった31文字が驚異を与えるなんて思わなかったが、確かに本を読み進めていくと1首1首の短歌がずどんと心につきささる。たくさん短歌を引用して紹介したいがここでやってしまうとこの本を読むの楽しみを奪ってしまうことになるかもしれないのでできない。

インターネット上の空間はほぼほぼ無限大だ、テキストだったら自分のハードディスクの容量ですら一生をかけてでも使い切ることは結構難しい。ツイッター(X)だって、Youtubeだって、Tiktokだって無限にスクロールすることでひたすらにコンテンツがあふれてくる。

そんなコンテンツが当たり前のようにあふれている現代だからこそ、短歌の威力は半端ない。31文字で何かを表現したり、訴える短歌は現代こそ流行るべきだろ。最近短歌の本を読んでいて先人たちの作った短歌を鑑賞しているが、短歌ってこんなに自由なんだと思うとワクワクしてくる。

そう考えるとやっぱり色々なことに制約があるからこそ、自由な部分が輝くんだなと思う。うん、そうだ。今の私は連勤の後の飲み会を楽しみにしているんだ。きっと働いた後だからこそ、楽しい時間が待っているんだ。無職になってからもきちんと自分を縛るものを作っていこう。自由すぎると自由がつまらなくなっちゃうね。このブログは毎朝更新って縛りをつけてプレイしてます。

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この記事を書いた人

一生懸命生きています。

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