意外と知られていないが、地方のパチンコ屋は不倫スポットとしても機能している。
田舎のパチンコ屋の駐車場で合流した2台の車が1台に乗り合わせてラブホテルに行くことなんか日常茶飯事で、お互いの性欲がピークになったときには還暦を過ぎたジジイとババアが発情した猿の物真似をしながら1円パチンココーナーで一緒にイチャイチャしたりしている。結構きつい。
愛に年齢は関係ないなんて、小説や漫画の世界では言われているけれど、現実のパチンコ屋を見てもそうだ。愛し、愛されることに年齢なんか関係ないことがわかる。人間は水と空気、食べ物があれば生きていけると思っていたが、愛も必要な栄養素なのかもしれない。
大学を留年していた時期に、デイサービスや老人ホームで働いていたことがある。デイサービスや老人ホームの中ですら、モテる老人、モテない老人がいて結構しんどかった。医者からの指導で運転してはいけない老人が、利用者さんの女性とデートをしたい一心で車を運転し、デートに行くみたいな地獄みたいな出来事もあった。愛がはじまることに年齢なんて関係ない。
私の祖母も90歳をいつの間にか超えていた。最近はマイナーな演歌歌手を推しているようで、家の中が演歌歌手でいっぱいだ。三山ひろしって男がかっこいいらしい。奇妙なうちわ、よくわからない写真が大量にある。やっぱり愛が始まる瞬間に年齢は関係がない。ばあちゃんがこれで長生きをしてくれるならそれでいい。
1円パチンココーナーで不倫相手を探してラブホテルに突っ込んでいくような老人たちを見てきついと内心思っていたが、実は羨ましかっただけなのかもしれない。早く年金暮らしをして、海物語の島で魚群と愛を探しながら彷徨いたいだけなのかもしれない。書いていてしんどくなってきた。
ばあちゃんもいつか死ぬ、母も父も、自分もいつか死ぬ、毎日少しずつ寿命に向けて確実に一歩ずつ進んでいるのに、自分の本能が、自分の脳みそが、寿命が縮まっていることを何も理解できていない。時間の大枠の流れをまったく認識できないまま人生が進んでいる。もう32歳だ。愛とか、他人のどうでもいい不倫とか、他人の性行為を冷笑している場合ではない気がする。練習だと思って生きていたら、これが本番で、気づいたら現実の時間が凄い勢いで過ぎている。恐ろしい話だ。やるしかない、やっていくしかない。
さあ、パチンコ屋に並びましょう。
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