ギャンブルもドラッグも一度手を出したら覚悟すること

薬物中毒・ギャンブル中毒 エッセイ

田代まさしがまた逮捕された。薬物は恐ろしいと誰もが思っただろう。私は同じように、ギャンブルがめちゃくちゃ恐ろしいと感じる。どう考えてものめりこむように設計されていて、頭がおかしくなりそうになる。なんなんだこれは。ギャンブルもドラッグも一度手を出したら覚悟したほうがいい。抜け出すために頑張っても意思の力だけでは、どうにもならないことがある。ギャンブルで大切なお金を100万円以上失ったことがある人は、今の収入の大小にかかわらずギャンブル依存症だと思っている。(今もギャンブルを継続していれば)

100万円なんて大金だ。小さいころ「100万円あったらあれも買える。これも買える。」なんて楽しく絵本のコーナーを見ていたのに、25歳になった私はトータルにすると余裕で100万円以上をギャンブルで失った。いや、溶かした。ギャンブルに依存していない人にとっては100万円も溶かしたら流石に懲りるんじゃないか・・・。と思うかもしれないが、ギャンブル依存症の人は狂っているので、もうギャンブルをしているときの特有の生きるか死ぬかのスリルを追い求めるようになってしまう。論理的にはギャンブルをしても得るものは何もないとわかっていても、理性がそれを制御できないのだ。猿と変わらない。

 

パチンコ屋さんや競馬場や競艇場に行ってみよう。中には適度に金額をBETできる人もいるけれど、理性を失った猿がたくさんいる。YOUTUBEにも、借入をしてまで、カードローンをしてまで大金を賭ける動画がたくさんある。そうしたほうが演出的には楽しいのかもしれないが、これが日本の現実だと思う。嫌気が刺すほど光っているパチンコ屋の看板も、これでもかというくらいチラシを入れてくるパチンコ屋のチラシも、音と光を最大限に利用して人間の感情を揺さぶってくるパチンコ台、パチスロ台もすべて負けた人の金で作られている。そして負けた人はその台を目当てに今日もパチンコ屋へ行く。怖くないか?

 

パチンコ・スロットは「パチプロ」という言葉があるくらいなので、攻略できないこともないのだが、それでも最近は東京オリンピックに向けて厳しくなっているのが現状だ。競馬や競艇に関してはAIを駆使した機械的な買い方以外でプラスにしている人を1人も知らない。Twitter競馬界隈の重鎮みたいな人をある程度はフォローしているが、生涯でプラスにしている人はおそらく競馬フォロー300人くらいのうち、多くても3人だろう。(その人達でも勝ち続けるのは難しいと思っている。)控除率75%の公営ギャンブルで勝てるのは100人に1人くらいの感覚だ。その人も明日には負け組になっているかもしれない。

ギャンブルは恐ろしい。本当に恐ろしい。私は何度もこのブログでも、自分のTwitterでもギャンブルの恐ろしさ、怖さを発信しているが、これからも発信すると思う。「ギャンブルをやるやつは馬鹿だ。」ということを言うと決まって「趣味なんだからいい。」とか「お小遣いの範囲内ならいい。」とか言い出すやつがいるが、ほとんどはギャンブルをしている自分を正当化したいだけだ。

ギャンブルをしなくても楽しいことはたくさんある。なんだっていい、スタバで新作飲むのだって、温泉に入るのだって、新書を購入するのだって、新しく出たゲームを買うのだって、友達と居酒屋に行くのも、一人で飲みに行くのも、なんでもいい。1万円握りしめてみればわかる。ギャンブルだったら1分、長くても2分で消えてしまうお金で1日遊べてしまう。

だからギャンブルは馬鹿だ。ギャンブルをやるやつにまともなやつはいない。配偶者探しをしている女性も男性もなるべくギャンブルを趣味に持たない人を選んだ方がいい。ギャンブルは絶対に悪だ。

ここまで1500文字、手を休めることなくギャンブルの批判をした。ただ私は100万円以上負けているからこそギャンブルの楽しさも知っているつもりだ。ギャンブルはめちゃくちゃ楽しい。あほみたいに楽しい。競艇だって競馬だって、予測できない未来を予測して、その答え合わせが10分後、30分後、長くても1週間後にできるのは楽しい。友達と馬を見るのも楽しいし、それについて語り合うのも楽しい。だから競馬ファンは多くいるし、競艇ファン、競輪ファンも多くいるんだろう。ただ命の次に大事だと言っても過言ではない「お金」を賭けまくった瞬間に楽しいはずの競馬は命を削るデスゲームになり、楽しいはずの競艇も足にダンベルを縛り付けて海に沈むようなゲームになる。

参入障壁の低いことは、恐ろしいことだ。100円から賭けられる。100円から楽しめる。そういって人は人にギャンブルを勧める。100円が200円になった瞬間に「これが1万円賭けていたら2万円になっていたのか。」と思う人は要注意だ。でも欲がない人間なんていないので、みんな少しずつ賭ける金額が上がってしまう。1000円負けたけど、次のレースで2000円賭ければ・・・3000円負けたけど次のレースで5000円賭ければ・・・!やった!取り戻せた!こういった成功体験が人を人ではない「猿」にしてしまう。嗚呼、なんて恐ろしいんだ。

話は最初に戻るがドラッグだってそうだ。「少し吸ってみなよ。」「少し飲んでみなよ。」最初はきっとこういう甘い声掛けだったんだろう。でも気が付いたらそれがないと生きていけない体になってしまった。恐ろしい。参入障壁が低いことは、それだけ沼が深いって言ってもいいと思う。

他人が何にお金を使うのかはもちろん自由だ。

ただ私はこう考える。「ギャンブルは自分を傷つけるお金の使い方」だと。

借金までしたら、家族や周りの大切な人も傷つけてしまうだろう。

それでもやる?

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました