他人のいいね!で一喜一憂するやつは弱い【自分の幸せは自分で決めろ】




最近は残酷にも人々の好意や興味関心が可視化されるようになってしまった。Instagram・Twitter・Facebookをはじめとして、いいね!がついたのか気にしている人もいるはずだ。

何か情報を発信したい人や、何かを書きたい人がいいね!を集める目的で書くようになってしまったらおしまいだ。いつのまにか自分を見失ってしまう。営利目的や、いいねがそのままお金に繋がるような案件なら別だけど、いつまでも他人の評価に自分を委ねているとなかなか苦しいと思う。そもそも自分の評価は自分でするべきだ、他人の評価軸で人生を過ごしてしまうほど不幸なことはない。

だから自分の評価は自分でするべきだ、お前は働いていないからダメ人間だ、とか、こいつはたくさん金を稼いでいるからえらい、とか評価したり、されたりする人がいるけれど間違っていると思う。働いていてもダメ人間はたくさんいるし、働いていなくても立派な人間はたくさんいる。金を稼いでいても糞みたいな稼ぎ方しかできない人もいれば、ちゃんと人に貢献をして金を稼いでいる人もいる。結局いろいろな人がいるね、っていう結論になってしまうのだが…。

僕は以前から結局淡々とやり続ける奴が最強説を唱えているが、やっぱりこれは間違っていないと思う。継続は力なりって諺があるように、淡々とやるやつの継続力は半端ない。他人のいいね!で一喜一憂、顔色を伺うようなことをしてしまうと残念ながら次の一歩を踏み出すのが遅くなってしまう。自分がいい!と思ったことをどんどんやって、表現していくべきだ。やるやつはつよい。

話は少し変わるが、実はいいね!よりも「これ悪いぞゴラッァ!」って言ってくれる人のほうが貴重だと思う。自分のことを客観的に見ることは非常に難しい。アウトプットしたときに他の人から「ここが悪かった・修正するべきだ」と言っていただけると非常に大きい。私は前回流入が見込めると読んで、任天堂からの誤爆LINEの記事を書いたのだが、見事にダメだしをいただいた。非常にありがたいことだ。大人になればなるほど、叱ってくれる人やダメだしをしてくれる人は少ないから、指摘してくれる人を大切にするべきだ。心の底からそう思う。

話は戻るが、やっぱり他人のいいね!で一喜一憂するやつは弱い。他人から認められるのも大切なことだが自分で自分を認められるようになる人間のほうが何倍も強い。俺の爺ちゃんは木材大工をすることが趣味で、色々な玩具や椅子等を作っているが、常に自分のことを「天才」だとニコニコしながら言っている。そんな幸せそうにしている爺ちゃんをみていると自分の幸せは自分で決めるのが一番いいと思う。最近のSNSや「Twitterでいいね!を集める10の方法」みたいなものを見るたびに、色々な世界があるなあと思う。でもそれで不幸せになったり、なんか自分のことを傷つけてしまうくらいなら、やっぱり自分のことを自分で認めてあげるところからスタートしてもいいんじゃないか。それではこの記事をいいねしてください。よろしくお願いします。




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