鬱24歳

誕生日が近くなると希死念慮が強くなる。誕生日はなんだかんだで人生を刻むセーブポイントみたいなものだ。それがきつい。想像してほしい。これから色々な人生のイベントがあるかもしれない中で、自分の戦闘力(社会的な経験や仕事のスキル)がほぼ0に近いのだ。(まあ自分のせいなのだが)

毎年誕生日が近づくと「死ぬぞ死ぬぞ!」とやる気が出るのだが今年は出なかった。今年は周りの環境に恵まれていたおかげかもしれない。自分が無職のまま22歳を迎えたときのブログを読み返すと、今でも当時の心境を思い出すことができる。希死念慮が強すぎてきつかった。昼間はほとんど動けなかった。一刻も早く死ぬぞ!みたいな気持ちとの戦いだった。

最近も割ときつい、呼吸がしにくかったり、突然文字が読めない時がある。ちょっと困る。でもなんとか働かせてもらっている。医者の先生には生きていく上でのアクセルとブレーキの入れ方が少し下手みたいな話をされた。思い当たる節は多々ある。行くときはとことんいってしまうのだ。自分の欲望や夢中になったものに対して興味を持ったりするのはいいけれど、節度を持たないといけない。節度ってなんだよ、セックスの頻度の略かよ。

今年の誕生日は偉かった、あまり死ぬとか生きるとかそういうことについて考えなかった。それだけでも大きな成長だ。恐らく大きかったり小さかったり人によって色々悩みは違うけれど、みんな何かしらを背負って生きている。少しずつ楽に生きるにはどうすればいいか。いろんなことを少しだけ諦めることなんじゃないかな~と思いながら25歳になった自分にこのブログの続きを書いてもらいます。

誕生日祝ってくれた皆さん本当にありがとうございます。

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